函館地方裁判所 昭和44年(む)20号 決定 1969年3月20日
主文
本件準抗告を棄却する。
理由
一、本件申立の趣旨及び理由は別紙準抗告「及び裁判の執行停止」申立書写記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
本件一件記録によれば、本件被疑事実について昭和四四年三月一七日函館地方検察庁検察官から函館簡易裁判所裁判官宛に逮捕状発付の請求がなされ、同日逮捕状が発布され、これにより被疑者が逮捕されたこと、これより先、被疑者は本件被疑事件とは別個の詐欺被疑事件について逮捕、勾留され前示本件逮捕状請求日である同年三月一七日は右勾留期間の満了日であつたこと、しかるに、本件逮捕状請求書には刑事訴訟法規則第一四二条第一項第八号所定の現に捜査中である他の犯罪事事実について逮捕状の発布があつた旨の記載がないことがそれぞれ認められる。
よつて案ずるのに、逮捕状請求書に別件につき逮捕状が発布されている事実を記載させるのは、逮捕のむし返しを防止しようとする趣旨と考えられ、ことは被疑者の人権と密接に関連する事柄であることに鑑みれば、右記載の欠缺は逮捕状請求手続における重大な瑕疵と考えられ、これによつて発せられた逮捕状に基づく逮捕手続もまた瑕疵ある違法なものというべく、これに引き続きなされた勾留請求は原則として却下すべきものと解するを相当とする。
もつとも、右について全く例外がないわけではなく、検察官指摘のように逮捕手続の段階で、逮捕状の請求を受けた裁判官が以前に別個の犯罪事実について逮捕状の請求があつたことを知りそれでもなお、今回の逮捕を認めても逮捕のむし返しにはならないと判断したうえで、逮捕状を発付したことが記録のうえで明らかな場合等は、あえて右瑕疵を理由に勾留請求を却下する必要はないと考えられるが、本件においては右のような事情を認むべき資料はなく、また検察官提出にかかる全資料によつても、本件が逮捕のむし返し等の弊害を生ずるおそれが全くない場合に該当するとの心証は得られない。
したがつて、検審官主張の本件の如き瑕疵について一定の場合にその治癒を認めるとの前提にたつとしても、なお本件がこれに当らないことは明らかである。
そうすると、本件逮捕状請求およびその逮捕状の執行は違法であるから、それに基づく本件勾留請求を却下した原裁判は正当であり、本件準抗告は理由がなく、刑事訴訟法第四三一条、第四二六条第一項を適用し、主文のとおり決定する。
(家村繁治 鈴木経夫 河村直樹)
準抗告「及び裁判の執行停止」申立書
記
第一、申立ての趣旨
「一」 被疑者は、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があるのみならず、刑事訴訟法第六〇条第一項第一、二、三号に該当することが顕著でああるのに、これらの理由なしとして勾留請求を却下したことは、判断を誤つたものであるから、右裁判を取消したうえ、勾留状の発付を求める。
「二」 右勾留請求却下の裁判によりただちに被疑者を釈放するときは本件準抗告が認容されても逃亡のおそれが大きいので、本件準抗告の裁判があるまで勾留請求却下の裁判の執行停止を求める。
第二、理由
別紙のとおり。
別紙
一、原裁判官は別添のとおり検察官の勾留請求に対し本件逮捕状請求が刑事訴訟規則一四二条一項八号に違反して行われたもので同条項の趣旨からいつて本件逮捕状請求手続に重大且つ明白な瑕庇がありこれによつて発せられた逮捕状に基づく逮捕手続もまた違法なものであること及び実質的にみても本件は兇悪な重大犯罪でもなく被疑者に道路交通法違反以外の前科前歴もない上にその落着先がまつたくないわけでもないから、被疑者が勾留されないための不利益は手落をした捜査官が被るは止むを得ない等の理由により本件勾留請求を却下したものであることが明らかである。
二、然し別添の本件逮捕状請求書記才の関係証拠資料(証拠書類)によると被疑者が本件犯行を行つたことが明らかであり、被疑者の検察官に対する弁解録取書によると被疑者は検察官にも右犯行を認めている事が明白である。
従つて被疑者が本件犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることは明白である。
三、成程本件逮捕状請求書に右刑事訴訟規則一四二条一項八号所定の「前に逮捕状の発布があつた旨、その犯罪事実」の記才をしないことは明らかであるが本件逮捕状請求資料中の被疑者の札幌郵政監察局函館支局司法警察員、郵政監察官、鈴木勇次に対する供述調書によればその冒頭部分に「昭和四十四年三月十七日新川拘置支所」において取調をした旨の記才がありこのことによつても本件逮捕状の請求を受けた裁判官がその以前に別個の犯罪事実について逮捕状の請求があつたことを知り得るものというべきである。
従つて本件逮捕状を発した裁判官は本件逮捕を認めても逮捕のむし返しにならないと判断したうえで逮捕状を発付している事が推認される。かような場合についてまで勾留請求を却下しなければならないという理由はないものである。
(最高裁事務総局編令状関係法規の解釈運用について(上)三二頁参照)
四、次に本件勾留請求を受けた裁判官に対する被疑者の陳述から本件被疑事実は前件(無銭飲食、無銭宿泊)とはその内容をまつたく異にするものであることは明白であり、検察官の本件逮捕が前記規則条項の趣旨を無視する意図でいわゆる逮捕のむし返しのため行なわれたものでないことを直ちに推知しうるものである。従つてあえて勾留請求を却下する必要はないものである。
(前記令状関係法規の運用について(上)三三頁本文終参照)
五、更に被疑者は住居不定無職で両親はなく、又、被疑者自身も原裁判官に対し「将来のことははつきり考えてるわけではありません」といつているのである。そして被疑者の現存の身寄り者である「須田キミエ、片岡正毅」はいづれも被疑者に放浪癖のあることを申し立てており同人の身柄引受を拒否しているのである。
更に被疑者には本件以外にも同一手口による余罪数件があり、これらの犯罪地は室蘭市、苫小牧市にまたがつており被疑者の身柄を拘束して取調べなければ逃亡あるいは証拠隠滅をはかるおそれが充分に考へられ、結局本件勾留請求を却下した原裁判官がその理由のうちにあげている実質的理由もすべて根拠(前提事実)を欠くものであり、理由がなく承服し難い。